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タイプ別、光

暗い夜が近づき、初めて経験した本当の闇。
その日は月がとっても美しくて、明るく見えたけど、
それだけじゃ何もできなくて、無力さを痛感した。




次の日、親戚が、蝋燭と弁当を持ってきてくれた。
兄が、山口から車と、途中からバイクで来てくれた。

数日後にはまた別の親戚が懐中電灯を持ってきてくれたり、
友人が遠方からバイクで来てくれたことは今でも鮮明に覚えてる。
ただただ、来てくれた事が嬉しかった。

昼間の間にしか動けない。夜が来るのが怖かったけれど、
それでも少しずつ、身の回りは明るくなってった。


当時の私に理解できなかったのは、父の行動だ。
至って、普段どおりだった。

たんすが倒れてきた寝室で、一日目から普通にさっさと寝てた。
壁は割れてるし母がとても怖がってたし、私も怖かったので私達は避難したかったけれど、父が家を離れないのでその方が心配でなかなか出られなかった。
うちの家は、塗装業。玄関のドアはガラス製なのだけれど、それが割れてるものだから火事を出したくないと、父が出られないにはそれなりの理由があったのだけれど、それにしても、である。

幸いに、たまたま、うちの家が全部崩れるような大きな地震は今のところ来てなくて、私達は今でもここで住んでいる。

それから少しずつ少しずつ、家は父の手によって修復されていった。
今となっては、一緒に落ちた天井を修理したのが思い出にすらなってる。
そして、どうしても家を離れなかった気持ちもだんだん、分かってきた。
うちの家は、父の仕事場でもあったので。





あの時に受けたやさしい気持ちとか、父の思いっていうのは、非常時にしか見ることができなかった種類のものかもしれない。

今だってよくよく考えて、目をこらせば色々存在してるのに
日々は自分自身のことでついいっぱいいっぱいになってしまって。

非常時ですら、私に関して言えば、自分が無事なら次は家族、その次は親戚、その次は友人という風につい考えてしまう。
だから余計にいろんな人の気持ちが申し訳なく思えどありがたかったし、
非常時ですらシャイな自分の父を不器用だと思った。
父の安定感に、実はとてもとても救われてたんだという事に、大分経ってから気づいた。
わかりにくすぎるわと(笑)。


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