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蜃気楼について

作りながら最近思い巡らすのは、そんなこと。

少し前に友人が、親友にメールを打ってはいるものの全然連絡がなくて、
後になって体調が悪くてそれどころではなかったという説明を受けたけど、
それまで気が気でなかったというお話を聞いて、

連絡の取れない人がもしも死んでいたとしても、自分は知りようがなく
知らない限り、自分の認識の中ではその人は生きてることになる。
もちろん事実はひとつなのだけど、生き死ににおいても結局は自分の脳がその人をどうとらえているか、という世界なのかなー。
なんて、意味のないことを考えてた。


110201lisn.jpg

今日、以前ここで私のアシスタントをしていたユキちゃんが、遊びに来た。
昨年の春辞めて以来初めてで、本当に久しぶり。
私への誕生日プレゼントとして買ってくれてたお香を頂いた。

お互いあまり密に連絡をする方ではないので、
その間お互い生きてるか死んでるかは、あまり把握できてないのだけれど
彼女が元気でいて、9月に私を思い出してくれたことをすごく嬉しく感じたし、
私も今日ここで、そこそこ元気に彼女を迎えられてよかったと思った。



コメント

コメントありがとう

ううん、すごく良く分かる。
私も、あの人生きてるんだろうかとふと思うことがあるし。
だからと言う訳ではないけれど、文章に限らず何らかの形で
発信しつづけたいなと思ってる。どんな些細なことであってもね。
きりんたまごの発信もとてもありがたく思ってるよ。

ま、お互い歳をとった、とも言えるけどね(笑)
生きてるうちは、いろんな事感じ続けたいね!

死について

死について同じように思います。昔付き合っていた人のことなんて、もうしるすべもないし、どこでどう暮らしているのか、生きているのか死んでしまったのか。でも、私の中では生きている。それが、お葬式に出てしまったら話は別。数年前に近しい先輩を亡くしてしまって、それはもう受けとめるしかなくて、知らなければよかったのに、と思うぐらいに寂しさが帰ってくることもあったれど。日が経つと、忘れてしまって、今はどこかで楽しくしているんだろうな、という変な感じも覚えたり。ただ、やっぱり知らないだけ、というのも寂しくて。こうやって、ブログを書いてもらえるとありがたいです。うまく、書けなくてごめん。

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